ブランドは『人』が作る

ブランディング

ブランドは広告ではなく「組織に関わるすべての人の行動」でできている。ミッション、ビジョン、バリュー(MVV)と組織設計がブランドを決める

ブランディングの現場で長年働いてきた人間として、いまも繰り返し目にする光景があります。

マーケティング部門が丁寧に設計したブランドメッセージが、現場の社員の一言で崩れる瞬間。広告では「革新的な企業」を謳いながら、社内では前例踏襲しか評価されない組織。

こうした「ブランドの理想と現実のズレ」は、決して珍しくありません。

問題の根は、多くの場合、同じところにあります。ブランド創りを「アウターブランディング」でしか捉えていないことです。

顧客がブランドを体験する場所はどこか

顧客がブランドと接するあらゆる接点を、マーケティングではタッチポイントと呼びます。広告・店舗・SNS・パッケージなどなど・・・。企業はこれらを丁寧に設計します。

しかし最も見落とされやすく、最もブランドを左右するタッチポイントがあります。そのブランドの「人」、つまり社員と接する瞬間です。

どんな姿勢で何を話すか。どういう態度で顧客に向き合うか。トラブルが起きたときにどう動くか。こうした場面での行動が、一貫した価値観に裏打ちされているかどうか・・・それがブランドの実体を決めます。

日々の一貫した接触の積み重ねが、顧客の中に「このブランドはどういう存在か」という認識を作ります。広告はそれを補強できても、代替することはできません。

しかし現実には、この最も重要なタッチポイントが、企業の掲げる価値観と切り離されているケースが後を絶ちません。

掲げた価値観が、現場に届いていなかったケース

ビッグモーターの事件は、記憶に新しいでしょう。

一連の報道を振り返ると、保険金の不正請求の手口や悪意ある行為の具体が大きくクローズアップされました。確かにそれは事実であり、批判されるべきことです。しかし、話題性に引っ張られるほど、より本質的な経営課題が見えにくくなっていたと、私は感じています。

同社の第47期経営計画書には、「義を明らかにして、利を計らず」「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」という言葉が大方針として記されていました。どちらも先人の名言を引いた、重みのある言葉です。

しかしその同じ組織で、組織的な保険金の不正請求が行われていた。

我々がより深刻に受け止めるべきは、価値判断の基準が組織の中に機能していなかったという事実です。

おそらく時間をかけて考え抜かれた言葉だったはずのMVVが、現場の意思決定の抑止力として働かなかった。浸透していなかったのか、評価の仕組みと切り離されていたのか——いずれにせよ、掲げられた言葉と日々の行動の間に、深い断絶があったのです。

ブランドへの不信は、不正の内容そのものよりも、「この会社には拠り所となる価値観がない」という認識から生まれます。

悪意がなくても、ズレは起きる

意図的な不正がなくても、理念と行動のズレはブランドを傷つけます。

2024年8月、スターバックスの新CEO就任予定だったブライアン・ニコル氏の雇用契約書が公開され、カリフォルニア州の自宅からシアトル本社まで約1,600kmをコーポレートジェットで通勤するという条件が明らかになりました。ニューヨーク・タイムズやCBSニュース、BBCなどの主要メディアが一斉に報じ、SNSでも大きな批判が広がりました。

問題の核心は、スターバックスが「環境への責任」「サステナブルな経営」を重要課題として掲げてきた企業だったことです。店舗ではプラスチックストローを廃止したり、リユーザブルカップを推進してきました。その同じ企業のトップが、往復約9トンのCO₂を排出するプライベートジェット通勤を会社の経費で行っていたという事実が問題なわけです。

これは、ビッグモーターのような不正ではありません。しかし顧客や社員の目には、企業が語る価値観とトップが体現する行動の矛盾として映りました。「紙ストローで環境を守れと言いながら、CEOはジェットで空を飛ぶ」——このメッセージのズレが、スターバックスというブランドへの信頼を静かに傷つけました。スターバックスは優れたブランド戦略を持つ企業だからこそ、このズレが際立ってしまった印象です。

ブランドとは発信する言葉ではなく、社員や組織のあらゆる階層で体現される行動の総体です。

悪意も、目立ったスキャンダルもない。それでもブランドと現実のズレは、静かに積み重なります。

アメリカ駐在中に、採用広告でダイバーシティを全面に打ち出しながら、実際の職場は驚くほど同質な人員構成だった企業を間近で見たことがあります。外向けのメッセージと、社員が毎日目にする現実が乖離していることに正直驚きました。その時も、その企業のトップの考え方が強く影響していた様でした・・・

発信と実態のギャップは、まず社員を冷まし、やがて顧客にも見透かされます。

バリューは「飾り」か「設計図」か

取り上げた3つの事例に共通しているのは、バリューが「組織の外側に向けたメッセージ」として機能していたことです。内側の行動を方向づける「設計図」にはなっていなかった。

多くの企業がミッション、ビジョン、バリューを掲げています。しかし現場で機能しているバリューは、驚くほど少ないのが現実です。

バリューが機能しない最大の理由のひとつは、評価制度(人事考課など)と連動していないことです。

「挑戦」を掲げながら、失敗した社員が評価されない組織では、社員は挑戦しません。

「顧客第一」を掲げながら、売上数字だけで評価される組織では、社員は顧客より数字を見ます。

企業文化はスローガンではなく、評価の仕組みによって形成されます。ブランディング担当者や経営者がここに無関心であれば、どれだけ優れたクリエイティブを作っても、組織の外側に貼り付けたラベルにしかなりません。

つまりバリューを本気で機能させたいなら、ブランディングは人事の領域に踏み込まなければならない、ということです。

ブランディングは人事と組む必要がある

ブランドを内側から作っていくには、実は経営者・管理職・現場社員——それぞれの階層の『人』の行動が、ブランドの実体を作ります。

どんな人を採用するか。どんな行動を評価するか。どんな価値観を組織として称賛するか・・・。これらはすべて人事の領域でありながら、ブランドの根幹でもあります。

中小企業では、この人事の設計を経営者自身が担っていることがほとんどです。言い換えれば、経営者こそがブランドの最大の設計者だということです。

私自身、グローバル企業でブランド戦略に携わる中で、最も手応えを感じたのは、マーケティング施策ではなく、人事評価とバリューの連動設計に踏み込んだときでした。組織の行動が変わると、顧客体験が変わります。顧客体験が変わると、ブランドの認知が変わります。その変化の順序は、広告から始まりません。

ブランドは「人の集まりの結晶」

ブランドは広告やロゴから生まれるものではありません。

企業文化があり、その文化を体現する社員がいて、その行動が顧客体験を作ります。その積み重ねが、社会の中でブランドとして認識されていきます。

マーケティング部門の仕事は、その体験を「見える化」し、「言語化」し、「一貫させる」ことです。しかしその土台となる行動と文化は、組織の設計から生まれます。

ブランディングを本気でやるなら、組織の内側に踏み込む覚悟が必要です。

まとめ:価値観と行動がブランドになる

企業で「ブランド」という言葉が語られるとき、多くの場合、議論はロゴや広告、デザインといった外向きの要素から始まります。確かにそれらはブランドを表現する重要な手段ですが、本質的な意味でブランドを作るものではありません。

ブランドを本当に作っているのは、企業で働く組織に関わるすべての人の行動です。

顧客がブランドを体験する瞬間は、広告を見るときではなく、実際に商品やサービスに触れるときです。

どんな品質基準を守るのか。
顧客にどのように対応するのか。
どんな判断を下すのか。

こうした日々の判断や行動の積み重ねが、ブランドとして社会に認識されていきます。

つまりブランドとは、広告やメッセージではなく、人の行動の総体なのです。

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